近年、道州制が注目を浴びるようになったのは、第27次地制調の答申が都道府県に代わる広域行政自治体の必要性を説いたことから始まったと考えられます。その後に、「道州制ビジョン懇談会」が中間報告をまとめたり、民主党政権が「地域主権戦略大綱」の中に道州制に関しても検討をするという文言を加えたり、経団連や全国知事会がそれぞれ道州制に対する考え方を述べたりしている状況です。現行の都道府県制度に問題点があり、それを改善するために道州制の導入が必要であるということは同意できますが、どの政策案も急進的かつ、トップダウン的な改革になりかねない要素を孕んでおり、簡単に首を縦に振ることは出来ません。
例えば、同州の区域例をいくつか挙げて、全国一律で道州制への移行を行うというような提案です。その結果、二重行政の解消や投資効率の向上などをメリットして強調していますが、まさに住民の視点を欠いたトップダウン的な政策です。道州制はデザイン次第でどのような形にもなるような非常に危うい制度なのです。
具体的に、見ていきましょう。政府が出している「道州制ビジョン懇談会」では、東京一極集中へのアンチテーゼとして地方の多極化や多様性のある国土を目指すために道州制の導入が言われているが、10年後に全国一律で移行するとされており、トップダウン的な考え方から抜け出せていません。ここではメリットとデメリットがそれぞれ挙げられており、それぞれに対する具体的施策が見えず、国民に道州制がいかなるものかが分かりづらいものになっています。
国民の中でメリット活かすにはどのような制度設計がいいのか、またその課題を克服するにはどのようにデザインするべきかという議論を深めることができません。このまま急進的に道州制導入が行われても、地域集権的になるわけがなく、逆に中央集権を強化するおそれがあります。ですので、道州制のイメージができるような政策案が必要となります。
経団連が発表した「道州制の導入に向けた第2次提言」はどうでしょうか。ここでは、具体案も出てきていますが、住民の視点がまったく欠けており、地域集権ではなく財界集権になりかねないような政策です。例えば、道州制のメリットとして子育て・教育、医療・介護などの対人社会サービスの向上が挙げられている一方で、基礎自治体の再編を促し市町村合併をさせて1000程度の規模に集約するということが言われています。
そうして、行財政の効率化を行い、行政サービスの質の向上が目指されています。また、行政に頼れない分野に関しては相互扶助や共助の精神をもとに解決を図るように明記されています。私の目指す道州制は、まったく逆です。前述したように、基礎自治体の強化が先で、その後に道州制の議論が始まるのです。規模の大きさを問わず、基礎自治体の住民が安心して対人社会サービスを受けられるように整える、その制度作りのために道州制が必要なのであって、道州制導入のために基礎自治体の強制的合併はなんとしても避けなければなりません。
経団連の提言は明らかに「受け皿」論の典型例です。だからこそ、具体的な施策の方には基礎自治体における対人社会サービスの充実を図るような制度設計はなされてなく、地方政府の人員削減や投資の効率化などを強調しているのです。また、地方財政に関しては、結果として地方政府の歳入全体が1兆7千億円ほど増加するとなっていますが、これは同時に地方交付税がなくなることをきっかけに財政力の弱い市町村での生活が困難になるという結果を招くことになるでしょう。
地域集権改革における道州制の柱はやはり医療分野でしょう。道州が主体となって医療提供体制を構築することが地域集権改革における道州制を導入する意義なのです。現在、多くの都道府県広域連合が誕生しています。例えば、関西広域連合、九州広域行政機構、四国広域連合、中国地方広域連合などです。また、震災を契機に東北6県で東北広域連合も議論され始めています。
ただし、これらの広域連合が創設された目的は、国の出先機関原則廃止に伴う権限・財源・人間の「サンゲン」の「受け皿」を担うことです。しかし、問題はそれらが果たして地域住民の視点から生まれたものなのか、という点です。これでは、住民のニーズではなく、国からのサンゲンを奪うために行われているように見えてもおかしくありません。では、どうするべきなのでしょうか。私は、まずこの都道府県広域連合がそのブロックの対人社会サービスの充実、特に医療の充実を図る機構として機能するべきだと考えています。
こうした対人社会サービスのナショナル・スタンダードがいつでも、どこでも、誰でも享受できるようにするために広域行政自治体は必要になってくるのです。これこそが、地域住民の視点を考慮した道州制と呼べるでしょう。その上で、そうした制度を維持するために地域に根差した産業振興、インフラや環境の整備、またそれに伴う労働市場政策をどのようにデザインするのかを議論する、これが筋だと思います。こうして地域の福祉政策の上に、地域経済のデザインを行うことで道州制への移行が住民の視点で現実味が帯びてくると思います。
現在、多くの都道府県広域連合が経済産業局や地方整備局、それから環境事務局などの地位支分部局の「丸ごと移管」を求めていますが、私からすると順序が逆です。まず生活基盤の安定のための対人社会サービスの充実を図る機構としての広域連合であり、その住民のニーズを満たすことが先であって、地方経済のデザインはその後なのです。
ここまで言うと、私が出先機関の原則廃止に反対しているように思われる方がいるかもしれませんが、そんなことありません。私も出先機関の移管を行い、各地方にサンゲンを集中させることが地域集権につながると思っています。ただし、その順番を間違えると広域連合は地域住民からの信頼を得ることができず、地域集権改革が遠退いてしまうと危惧しているのです。
このように、対人社会サービスの充実と前提とした地域経済のデザインを行う広域連合にすることで地域住民の信頼が得られる行政機構となり、言い換えると住民のチェック機能が働く透明性のある機構へとなれるのです。そうした実験的な段階を経て、地域住民の信頼がある行政機構からようやく道州という行政自治体への移行が可能になるのです。これが私の考える地域集権型道州制ビジョンです。ここからはいくつか懸念される課題を検討していくことにしましょう。
ここまで、私の地域集権改革の道筋を示すために色々な話をしてきました。まず、日本の中央集権的社会がいかにして誕生してきたのかを歴史的に見て、戦後も一貫してその社会形態が強められてきたことを見てきました。しかし、1970年代から中央集権的システムが成熟国家の日本にとっては重荷になってきたことが分かりました。それは、グローバル化や家族形態の変化、少子高齢化などの社会的変化に制度が対応できないことが理由でした。
そこでそれら問題の唯一の解決方法として地域集権を提案しました。これは既存の「地方分権」や「地域主権」の概念とは一線を画した考えであり、「下から上へ」とサンゲンの配分を検討し、結果として地域に権限を集中させようという戦略でした。そのような改革の可能性をフランスの事例を取り上げながら検討し、そこから見えてくる実現可能性とフランスにおける問題点を浮き彫りにして、地域集権にとってどのようなサンゲンのあり方が良いのかを考えました。
この地域集権により地域住民の生活基盤の強化こそが公経済と私経済のバランスを正し、市場が機能するようになると言えるのです。巷で言われている議論とは全く異なっているように聞こえるかもしれません。簡単にいうと、支出を拡大することが経済成長を促すと言っているのですから。しかし、私はこれこそが真実のように思えます。まず支出の拡大ができるように、地域集権の発想で地域住民が納得できるような支出の体系を整える。
そして多様なニーズを満たせる地方政府の確立によって住民は受益と負担の一致が行え、住民の増税への積極的な賛同を取り付ける。なぜなら、増税によりより良い公的サービスが提供されることを実感できているからです。そして、その公的支出の拡大により、地域住民の生活基盤の安定化をもたらすことができ、人びとは安心して労働と消費に精を出すことができるのです。これがバランスのよい公経済と私経済の関係と言えます。公的支出の拡大こそが経済成長を促すというのは以上のような論理です。