負担の増大の話ばかりしてきた感がありますが,これはあくまでも財政赤字を解決するための議論ではなく,公経済を発展させるために必要な方策を論じてきました。とはいえ,ギリシャ危機など国家の破たんに対する懸念がくすぶっていることも確かです。だから,公的債務と財政赤字のの問題について簡単に議論しておく必要があろうかと思います。公的債務の累積について結論を先取りすると,現状では問題がないということです。
その最たる理由は,国債の9割が内国債だからです。このことについて,分かりやすく説明してみましょう。借金には二種類があります。他人からの借金と身内からの借金です。家族を例にとると分かりやすいのではないでしょうか。日本の国債は例えるなら親が子供からお金を借りているようなものです。利払いはしなければなりませんし,元本も返さなければいけません。とはいえ,それが原因でこの家計が破たんすることはないでしょう。他人から見たら,家の中でお金を回しているだけだからです。支払いを遅らせることも,減らすことも家族の中でなら可能です。
他方で,ギリシャで債務が問題となったのは,それが外国債だったからです。他人からお金を借りた場合は,破たんの原因になり得るのです。家族間でお金を回しているのでなく,たとえば銀行から借りているならば,支払いを遅らせることも減らすこともできません。そのような事態になることは,事実上の破たんを意味しているからです。しかも,デフレを背景として日銀が量的緩和・買いオペを繰り返したので,国債の10%以上を日銀が所有しており,事実上は債権ではなくなってしまっています。日銀の持つ国債に対する利払いは国庫に納められるからです。
さらにいうならば,以前と比べればひっ迫してきたとはいえ,国内で国債を消化する余地が依然としてあります。だから,現在ある債務に対して大きな声で破たんする,破たんすると騒ぎ立てるのは間違っているように思います。とはいえ,だから赤字を垂れ流しにしていいとは言えないと考えています。ひとつには,国内に大量の国債を抱えられるのは,貯蓄過剰の裏返しだからです。国内で国債を消化できることを素直には喜べない側面があります。もうひとつには,財政赤字そのものに公経済を機能不全に導くという効果があるからなのです。
国債には問題がなく財政赤字は問題?そのこころは,財政赤字は適切な財政支出を阻害する公経済の癌だということです。財政が赤字だと,それ自体が支出抑制の理由になってしまいます。それ自体が増税の理由になることもあります。しかし,それでは共同需要を認定して共同負担をするという公経済のメカニズムは機能不全に陥ってしまうのです。財政赤字の発生は,住民のニーズ(経費)と負担の合意形成(税収)のずれであると考えられます。
だから,片方をもう片方に合わせることが必要になります。私見では,日本において住民のニーズはむしろ低い状態に抑圧されていて,今後必要なのは負担の合意形成であろうと考えています。財政赤字が存在するということは,それ自体が適正な公経済の規模を狂わせる効果があるだけでなく,合意形成に失敗していることの結果でもあります。すなわち,財政赤字をなくすこと自体が,公経済の強化を意味しているのです。
その際にもう一度くりかえしておきますが,租税負担率と経済成長率の間に関係があるという研究は存在しません。財政は,片方から貨幣を強制的に徴収して,他方に支出しているだけだからです。租税が私経済に与える影響は全くないとはいえませんが,ほとんど無視してよいほど小さいようです。租税負担が問題になる分野は,国際競争力に関連する分野に限られます。そのことについては,消費税の議論のときに簡単に触れておきます。
税制改革の具体案
公経済のあるべき姿についてこれまで社会保険を軸に論じてきました。以下では税制改革の具体案についてお話します。細かい話も多いですし,どうしても長くならざるを得ないので読み飛ばしていただいても結構です。
社会保険の改革,そしてその先にある財政赤字の解消,このことは公経済を強化する戦略の中心ですが,かといって税制改革が不必要だというわけではありません。私の考える財政改革の方針は,税と社会保障の一体改革の正反対にあるといってよいでしょう。社会保障改革があり,そのあとに税制改革があるというイメージです。社会保険の支出をすべて社会保険で賄ったとしても,財政赤字は収まりません。だからこそ,税制改革が必要となると考えられるからです。税制改革におけるポイントは3つで,①消費税は地方財源にする,②公平性は所得税で実現する,③税収は環境税で賄うことが軸となります。
社会保障の財源として,消費税を考えるというのが主流の考えになっているようです。しかし,社会保障の大きな部分を占める社会保険に関しては,むしろ社会保険改革で受益と負担,権利と義務の関係を明確にした方が日本社会に合致しています。公平性に敏感な,そしてずるいことに対して厳しい態度で臨む国民性の下では,社会保険が社会保障の基礎としてふさわしい。
とはいえ,多くの社会保障は地方政府も担っています。だから,社会保障財源とするにしても,それは地方政府が自由に使えるお金が必要だということを意味しているにすぎません。このことについては,後に地域集権という文脈から詳しく論じますが,とにかく消費税は地方の財源として相応しいということです。
さらに,消費税には国際競争力に影響を与えなくて済むという利点もあります。輸出品に関しては非課税となっているからです。だから,消費税がこれからの税制の中心となっていくということはだれにも否定できないでしょう。とはいえ,制度設計の仕方についてはよく考えなければなりません。
制度設計上重要な点は,財源としての位置づけだけではありません。ひとつは税率の上昇の方法と公平性の問題です。現在の計画では2014年4月に3%,2015年10月に2%税率を上昇させることになっています。私は,これはいまいちな制度設計だと思います。3%の上昇は急激です。毎年1%ずつ上げるべきです。このことには三つの根拠があります。消費税を上げる際に,上昇前の駆け込み需要とその後の落ち込みがあります。
長いスパンでみるとほとんど経済に影響を与えないのですが,短期的なインパクトは大きい。これを少なくするには税率の上昇幅は小さく,一定であることが望ましいでしょう。しかも,毎年の社会保障費の増大の傾向を考えれば,一気に上げるのではなく徐々に上げるほうが理にかなっています。さらに,デフレ経済において徐々に消費税率を上げることで事実上の価格上昇を実現し,インフレ期待を醸成することができるかもしれないからです。
もう一つは公平性の問題です。社会保険も消費税も,そして後述する環境税も,所得が低ければ低いほど所得に対する租税負担率が高くなるという傾向を持っています。これを逆進性といいますが,公平性を重視する公経済においては逆進性への対処は欠かせません。そのために税制改革において考えられる方策は二つあります。ひとつは,消費税に対する軽減税率の設定で,もう一つには所得税改革による対処です。私は,次の理由から後者の所得税改革が望ましいと考えています。
その理由とは,軽減税率の設定は税収の減少が激しい割に格差を縮小させる効果はほとんどないということです。たとえば,食料品に軽減税率を設定したとします。しかし,食料品は所得にかかわらずみんな買うわけです。確かに,低所得層ほど食料品に対する支出が多い傾向にありますが,割合でみるとわずかな違いです。たとえば,1,000億円税収が減る割にはあまり格差を縮小させる効果はないわけです。同じ金額を使うならば,次に述べる税額控除の方がより効果的に格差を縮小させることができます。
消費税の軽減税率では逆進性の問題を解決できないので,どうしても所得税改革をセットで考える必要があります。その中心は,①税額控除の設定,②税率の確保,③資本課税の強化の三点です。所得税には最低生活費には課税しないという理由で,所得控除が設定されています。所得額から一定額を差し引いた後に課税をするという方式です。ここではあまり詳しく述べませんが,その所得控除よりも納税額から一定額を差し引く税額控除の方が公平性の観点からは優れています。さらに,社会保険を中心にした公経済改革は,比例保険料の増大を招いています。税額控除であれば,低所得層における比例保険料からも控除することが可能となります。このことによる格差縮小効果は消費税の軽減税率とは比べ物になりません。
その際に,所得税改革で重要となるのは最低税率を高くすることでしょう。税率が少しずつ上昇する累進的所得税においては,最高税率が公平性における議論の対象になりやすいですが,それはほとんど政治的アピールであって,あまり重要ではありません。たとえば,人口の0.1%しか払っていないような税率には意味がないのです。そうではなくて,だれもが払う最低税率の部分を大きくすることが税収の面からも,公平性の面からも,そして経済的効率性の面からも重要なのです。
最後に,資本課税についても簡単に言及しておきましょう。所得には大きく分けて労働所得と資本所得に分かれています。所得税においてはこの間のバランスをとること,具体的には税率をそろえることが公平性の面からも効率性の面からも重要です。公的保険料は事実上の賃金課税です。だから,社会保険中心の公経済においては労働に対する税率が突出して高くなりやすい。
だから,所得税においては賃金課税よりも資本所得課税を高くしなければならないということです。このような理由で,イギリスにおけるマーリーズ報告という有名な税制改革の報告書では(イギリスは社会保険中心の国ではないですが似たような社会保障税があるので),資本課税を強化することが所得税改革のひとつの柱と考えられています。
税制改革における最後は財政赤字を解消するための税収の確保です。社会保険改革で負担と受益のバランスが取れた社会保障が実現します。地方で必要となる財源は消費税で賄います。公平性には所得税で対処します。これだけの改革をしても,実は財政赤字は解消しそうもありません。細かい根拠はここではあげませんが,おそらく10兆円近くの財政赤字が残るのではないかと考えています。これをどうするか,悩ましい問題です。この赤字を解消することは,公経済がうまく回るためには必要なのですが,直接国民の利益にはなりづらい赤字でもあるからです。そこで,税制そのものに環境を改善する効果のある環境税を活用するというアイディアが利用できると思います。
日本でも2012年10月にひっそりと環境税が導入されました。ここでいう環境税とは,化石燃料に課税して二酸化炭素排出量を減らすというものです。しかし,今回導入された環境税はそっくりそのまま補助金の財源とされています。つまり,補助金行政の拡大を意味しています。公経済を機能させるために補助金は有効ではあるものの,国民が不在のままでそれがこっそり行われるあたりが,旧態依然とした印象を与えます。
ともあれ,こそこそとやっているので,その税収規模は2,000億円程度にしかすぎません。しかし,環境税にはもっと大きい税収を上げる潜在力があります。ここでは簡単にしか述べませんが,炭素税と電力税を組み合わせて,消費税と同じように輸出品を非課税にすることで,国際競争力に全く影響を与えないままに10兆円の税収を確保することは可能だと考えています。
公経済改革のイメージの確認
公経済の改革について,もう一度簡単に数字を用いて確認しておきます。ここでは,三つの財政をイメージしてほしいと思います。先日お示しした図で,日本の租税負担率がだいたい30%位であると示しましたが,国債によって10%くらいを賄っているので,実質の公経済は40%くらいの規模です。それで,不十分であるという議論をしているわけですが,ここは中期的には50%を目指して公経済改革を行うとよいのではないでしょうか。ただし,ここでの数値はすべてを精査したわけではないので,中央政府・地方政府・社会保険のおおまかなイメージとお考えください。それぞれについて,再確認しておきます。
まずは,保険財政を再構築する必要があるといいました。おそらく,国民負担率の40%くらいが社会保険となるでしょう。その中で,20%程度を占めるであろう年金は単なる移転なので,公経済の実質は20%となるでしょう。社会保障財源を担うのは保険料か租税かという議論はありますが,保険料のほうが権利性が強いので日本にはあっていると考えられます。
負担の合意形成の面から考えると日本には保険料方式が向いているのです。その際に,完全所得比例の保険料を志向するべきです。社会保険はリスク分散の観点から制度ごとに単一であるべきでしょう。給付面と負担面を明確化することによって,合意形成を可能とするわけですが,どの水準で合意形成がなされるのかは実際にやってみないと分からない部分が大きいのは確かです。そして,社会保険は低所得層に負担が重いのでこれは所得税の税額控除を通じてですが,公平性を確保する必要があるでしょう。
次に,地方政府です。地域集権と関連させてさらに詳しく論じるので,簡単に確認します。国民負担率のイメージは20%は必要ではないでしょうか。住民税が所得税と別建てになっているのは制度を複雑にしているという側面はあるのですが,地方政府の徴税能力は地方政府の力を強くしている面があるので残してもよいでしょう。法人税は地方政府の財源として本来望ましくないので,これをなくすことは政治的には困難ではありましょうが,廃止するべきでしょう。廃止できないのであれば,今以上に課税ベースを付加価値ベースにするしかないでしょう。これから増大する支出には消費税を充当します。ただし,財政調整をなくすわけにはいかないでしょう。
三つ目に,中央政府です。これまで述べてきたような改革をすれば,国民負担率は10%程度にとどまると考えられます。所得税は,保険料が十分に高いという前提の下,役割を所得再分配機能に絞った改革がなされる必要があるでしょう。税収の不足は,基本的には環境税によって行うべきであるというのが私の方針です。望ましい税制改革のビジョンのまとめは,保険料の再建が第一,第二に付随して所得税改革,第三に消費税,第四に環境税となります。
現在の中央政府の財政赤字の規模はだいたい40兆円ですが,そのうち20兆円は社会保険の立て直しで,10兆円は消費税で(地域集権改革と併せて),10兆円は環境税で賄えるという大まかなイメージを持っていただきたい。ただし,社会保険改革は今すぐにでもできる問題ですが,税制改革は消費税と環境税といった間接税が中心となっていて,税率は毎年毎年少しずつ上げるべきであると考えていますので,改革の完了までに10年は見る必要があるでしょう。